オクターブ奏法と手の大きさ(広がり)

ブルグミュラーをはじめ、子供向けの教材には、片手オクターブの練習が出てこない。子供には届かないのだから当然だけど、大人レスナーは既に届くのだから、最も基本的な技術である片手オクターブは、早い段階から、いや、練習開始と同時に始めた方がよい。

そこで問題になるのが手の大きさ(広がり)。手の開く大きさの順から、以下の段階により、弾ける曲に制限が出てくる。


なお、「度」とは音と音の間隔で、全音1つ隣(ドとレなど)が2度、2つ隣が3度と数えていく。大昔はゼロという概念がなかったので、このような数え方になったらしい。
オクターブは7つ隣だが8度。Octave(oct)はもともと8という意味。タコ(octopus)は八本足、オクトーバーは元来8月だったらしい。他にもoctagon(八角形)octal(8進法)なんてのもある。
楽譜に8va、あるいは単に8と点線が書かれていれば、書かれているよりオクターブ高く弾くという指示。


ついでに、ジャズ等の「テンション・コード」で9,11,13thというコードは、それぞれの数字から7引いた音の、オクターブ上の音である。9thは2度、11thは4度、13thは6度ということになる。3度や5度は和声的にオクターブ違いを使う意味がないので、10thや12thは通常使われない。オクターブ違いは+-7で計算、と覚えておくとよい。


○10度(ドからオクターブ上のミまで)以上届く
よほど特殊な曲でなければ、ほとんどの曲で手が届く。
しかし日本人の場合、10度届くというのは成人男性でも少数派ではないかと思う。
海外の著名男性ピアニストは、大抵10度以上届くようだ。12度届くという人も珍しくない。ドからオクターブ上のソが届くということになる。正直人間業とは思えないのだが・・・


○9度届く
ベートーヴェン以降の曲は9度届かないと厳しい。届かない場合、9度以上はずらして早いアルペジオのように弾くことになる。
日本の成人男性の平均はこのあたりか。


○オクターブ(8度)が薬指(4)で届くが、9度は小指(5)でも無理
オクターブをレガート奏法で弾くことができる。1-5,1-4という形で高音を滑らかにつなげることができる大きさ。
2-5でオクターブを弾ける人はあまりいないので、親指(1)はオクターブで連続して使わざるを得ない。つまり厳密には下の音はレガートで弾けないが、聴覚上高い音が繋がっていればレガートに聴こえるので、さほど問題はない。
女性でもこの大きさはほしい。


○オクターブは小指(5)でないと届かない
届かないよりはましで、オクターブのレガートはペダルを使うなどすることになる。小指ばかりを酷使するので負担が大きくなる。


○オクターブに届かない
残念ながらある程度の難度の曲を弾くのは困難と言わざるを得ない。「乙女の祈り」、モーツァルトの「トルコ行進曲」なども演奏困難。
成長期なら練習しながら伸ばす筋肉を付けるなどの対策も可能かもしれないが、大人になってからはなかなか難しい。そのような対策を取っても伸びない場合は、もうどうしようもない。
(子供の頃から練習していれば手が大きくなるのかについては、実のところあまりよくわかっていないよう。オクターブ届くのに重要なのは大きさよりも手の柔軟さのようだ)


ちなみにここで言う「届く」とは、隣の鍵盤にかすらずに弾けるということ。
黒鍵は出っ張っているので、届きさえすればかすらずに弾くことが可能だが、幅が白鍵より狭いので、距離的には白鍵より届きにくい。
一方白鍵は隣の鍵盤にかすり易い。隣の音を押さずに打鍵できる幅を「届く距離」と考えるべき。
例えば私は白鍵ならギリギリ10度届くが、かすらずに10度を弾くことは出来ないので、事実上10度を弾くことは出来ない。一方、黒鍵は9度届くが10度は届かない。
(つまり広く届くためには手を広げる他に、隣にかすらずに指の関節をまっすぐ下ろすことが出来ればよいのだが、どのような練習をすればそんなことが可能なのか、私にもわかりません。誰か教えてください)


オクターブを弾く時には同時に、間の和音も弾くことが多い。オクターブだけを弾くのに比べ、さらに手の大きさが問題になる。オクターブだけなら弾けるが、間の和音は届かない、鍵盤の場所が指に合わない、という人もいるかも。どうしても届かなければ省略するしかないが、音楽的には反則なので最後の手段である。
なお、黒鍵オクターブと間の和音を弾く場合、白鍵は黒鍵と黒鍵の間の狭いところを弾くような形になる。狭いので指が入りにくかったり誤って黒鍵にぶつかったりすることもある。
鍵盤の上の方を弾くには下の方よりも力が要るが、内声なので特に強調する必要がない限り、あまり力まなくても問題ない。


黒鍵は主に4で弾くが、レガートでシb―ラbと弾くような時は1-5, 1-4というように弾く。
白鍵は主に5、レガートで弾く時は同様に4でつなげる。
シ―シbと黒鍵に移る時も1-5, 1-4というように。
ラ―シbと上行でしかも白鍵から黒鍵に上がる時は1-5, 1-4と4で5を越えるように弾く。シb―ラと黒鍵から白鍵に下がる時も同様で、小指を薬指の下に引っ込めるようにして指かえする。
もっとも、こういった動きは慣れてきてからでよく、慣れないうちは全て1-5で弾いてしまってもよい。


(もう一つ余談だが、白鍵で届くがかすってしまうような距離の場合、例えばベートーヴェンソナタ3-1楽章3小節で、左手でソと10度上のシを弾く場合、左手は5でソだけを弾く→シは右手で弾く→直ちにシを左手1に置き換え音を保持する、といった技法もある。平均律1-1フーガの26小節レも、9度だが同様の奏法が効果的)


オクターブの話が長くなってしまった。初心者向けの本が子供向けのため、オクターブについて大抵触れられていないので、少し詳しく書いた。
以上のように、9度届かないと、いろいろと無理が出てくる。10度(ドからオクターブ上のミまで)以上届くと有利だが、指の太い人は黒鍵と黒鍵の間の狭い白鍵を弾きにくく苦労する方もいるよう。手が大きく指が細いのが理想だが、生まれつきの問題なのでなかなかそうはいかないもの。
ショパンは9度程度しか届かなかったという説が有力なので、ショパンの頃までの曲は、おおむね9度届けば弾ける。
リスト、ブラームスラフマニノフなどは詳しくないが、9度が最低条件、それ以上が理想と思われる。


9度は無理でもオクターブに薬指で届けば、運指や表現力に余裕ができ、指を傷めにくい。専門家を目指すなら、少なくともこれだけの広がりはほしいところ。


オクターブが小指でしか届かなくてもいろいろ無理があるくらいなので、オクターブも届かない人は中級程度の曲の演奏にも困難を来たす。たとえいくら幼少から厳しい練習をしてきても、手が成長せずオクターブが届かなければそれまでで、プロはもちろん音大に進むのも困難である。

こんな書き方はしたくないが、ピアノほど女性にとって苛酷な楽器はないと思う。
手の大きさが全てとは言わないまでも、手の大きさがこれほど大きな制約となる楽器は他にあまりない。
チェロ、コントラバス、ギター、低音管楽器なども手が大きいほうが有利だが、ピアノほど手の小ささが致命的に不利に働くことはないのではないか。
またこれらの楽器は、どうしても演奏困難なら、わずかに小型の楽器を特注するという手もあるが、ピアノはいつも自分の楽器を弾くことができないので、それもできない。

お子さんがいたら、男の子にはピアノを、女の子にはヴァイオリンを習わせるべきだと思う。なぜ一般的には逆なのだろうか?


長くなってきたので続きはこちらのその2で。
http://d.hatena.ne.jp/nenemuu/20121015


他に書くこと。無理かなあ・・・
音名 ABCとAHCとイロハとラシド
移動ドと固定ド
同主長調から短調 #3個減る b3個増える
五度上がると#1増える 下がるとb1
平行調は短三度ずれる
トゥー・ファイブ・ワン


☆ピアノ関係の記事一覧
中途でほったらかしている記事もあるが・・・
ベートーヴェンの中級者向けピアノソナタについて
http://d.hatena.ne.jp/nenemuu/20130203
ソナタ形式のアナリーゼ(楽曲分析)
http://d.hatena.ne.jp/nenemuu/20121022
大人レスナーへのピアノ入門法私案 その2 薬指の動かし方など
http://d.hatena.ne.jp/nenemuu/20121015
大人がピアノを練習するということ
http://d.hatena.ne.jp/nenemuu/20121003
大人レスナーへのピアノ入門法私案 その1
http://d.hatena.ne.jp/nenemuu/20121002
バッハ「インヴェンションとシンフォニア」の練習の進め方について
http://d.hatena.ne.jp/nenemuu/20120929